理由はないのか お歯黒べったり
- magazine-yokai
- 2017年7月24日
- 読了時間: 2分

夕闇迫る神社の通り、後ろ姿の美しい女性が立っている。
おや、こんな時間にどうしたのだろう、「もしもし、お困りか?」と尋ねた途端、くるっと振り返ったその女の顔は目も鼻もないのっぺらぼう。
口だけがある顔は、振り向くとニヤァと笑い、その歯は真っ黒、と、瞬間、女はけたたましい声をあげ笑い出す。
私は荷物も何もかも放り投げ、一目散に逃げ出した…。
彼女の名は「お歯黒べったり」
心臓に悪い妖怪たちの仲間である。
(仲間というか、そのびっくりスキルは班長クラスだと思う。)
怖い。
脅かし方ももちろん怖いが、女性なのも怖い。
そして既婚者である。
”お歯黒”はその昔結婚した女性が行ったお化粧で、現代の私たちには少し理解しがたいが、綺麗に真っ黒に塗るのが美しいとされたそうだ。
昔は各地でお歯黒をしていた女性は多くいたろうし、珍しくもなかったはずだ。
だとしたら、「お歯黒べったり」の怖さは、近代になってからよりその力を増してきたとも思える。
「既婚者の女性」という情報だけで、背景が全く読めない彼女は、妙に気になる妖怪だ。。
見れば綺麗な女性で、着物を着ており、不幸な風貌ではない。
そして、いわゆる幽霊のような、どす黒い恨みがあるような出方ではない。
一体何者なのか、いや、理由など何もないのか。
だとしたらあまりに、突拍子もなく存在する。
そして誰とも限らずに急に驚かし、大笑いし、消えていく。
清々しいほどに、意味がない。
教訓もない。
存在だけがある。
そのインパクトだけの、背景がぽっかりとした彼女の生まれを思うと、
私は虚空に似た、ぞわっとする感覚も覚えるのだ。
(やはり理由付けがあると、人は安心するものだ)
さて、
こういった単純に「人を驚かす」ことだけするので、
お歯黒べったりは、実にシンプルに「正体は狐や狸である」とも言われているそうだ。
ということは、彼らが人間を真似てこちらを驚かそうとしているのだとしたら、
彼らはその前に、お歯黒をしている人間を見て、心底驚いたことがあるのかもしれない。
狐や狸から見ても、やっぱり生き物として、お歯黒はちょっと不自然だったんではないかなと、現代人の私は思うのだった。
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