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理由はないのか お歯黒べったり


夕闇迫る神社の通り、後ろ姿の美しい女性が立っている。

おや、こんな時間にどうしたのだろう、「もしもし、お困りか?」と尋ねた途端、くるっと振り返ったその女の顔は目も鼻もないのっぺらぼう。

口だけがある顔は、振り向くとニヤァと笑い、その歯は真っ黒、と、瞬間、女はけたたましい声をあげ笑い出す。

私は荷物も何もかも放り投げ、一目散に逃げ出した…。

彼女の名は「お歯黒べったり」

心臓に悪い妖怪たちの仲間である。

(仲間というか、そのびっくりスキルは班長クラスだと思う。)

怖い。

脅かし方ももちろん怖いが、女性なのも怖い。

そして既婚者である。

”お歯黒”はその昔結婚した女性が行ったお化粧で、現代の私たちには少し理解しがたいが、綺麗に真っ黒に塗るのが美しいとされたそうだ。

昔は各地でお歯黒をしていた女性は多くいたろうし、珍しくもなかったはずだ。

だとしたら、「お歯黒べったり」の怖さは、近代になってからよりその力を増してきたとも思える。

「既婚者の女性」という情報だけで、背景が全く読めない彼女は、妙に気になる妖怪だ。。

見れば綺麗な女性で、着物を着ており、不幸な風貌ではない。

そして、いわゆる幽霊のような、どす黒い恨みがあるような出方ではない。

一体何者なのか、いや、理由など何もないのか。

だとしたらあまりに、突拍子もなく存在する。

そして誰とも限らずに急に驚かし、大笑いし、消えていく。

清々しいほどに、意味がない。

教訓もない。

存在だけがある。

そのインパクトだけの、背景がぽっかりとした彼女の生まれを思うと、

私は虚空に似た、ぞわっとする感覚も覚えるのだ。

(やはり理由付けがあると、人は安心するものだ)

さて、

こういった単純に「人を驚かす」ことだけするので、

お歯黒べったりは、実にシンプルに「正体は狐や狸である」とも言われているそうだ。

ということは、彼らが人間を真似てこちらを驚かそうとしているのだとしたら、

彼らはその前に、お歯黒をしている人間を見て、心底驚いたことがあるのかもしれない。

狐や狸から見ても、やっぱり生き物として、お歯黒はちょっと不自然だったんではないかなと、現代人の私は思うのだった。

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